――幻世、神暦225年 商業都市『ラ・ヴァローテ』 上空362m
「…………」 「……というわけで、お店は今もやってるのよ?」 「…………」 「最初は娘でなんて物を作るのって思ったけど……ふふ、メリルもどきって働き者ね。見た目も可愛いからかしら、そこそこ人気もあるみたいで――」 あれから、二年。 二十歳を迎え、大方の世界で成人と認められる年齢になったメリルは――今も、椅子に揺られたまま、意識無きままそこに在る。
「っ……メリル!!」 時空が裂ける。 人一人分の隙間から飛び出す、小さな影。 「…………」 「……ユメルちゃん?」 反応を示さないメリルに代わり、エリスが驚いたような目を少女へ向ける。 「久しぶりエリス。ちょっと緊急……なんだけど……。 メリルは……やっぱり、まだダメだよね……」
「緊急……時空間図書館に、何か、あったのですか?」 「……、瑞奈が……っ、時空間図書館を、襲撃してる……」 「み、瑞奈さんがっ!? どうしてそんな……っ」 「許可証無しで全織を得たいって。 瑞奈の目的には、あの子が持ってる知識だけじゃ足りないって。 今は、レムが相手を……話し相手とかじゃなくて、そのままの意味で、相手をしてるよ」 「それでメリルを……」 「うん……メリルなら、水に特化したメリルなら、瑞奈の炎と、相性がいいからね。 ユメルだと、どうしても氷に寄っちゃうから、単純に魔力のぶつけ合いになっちゃう……ユメルじゃ、ダメだったよ……」
「でも、レムは……あんな飄々としてるけど、仮にも十一の神位持ちだから……っ! 本気を出したら、瑞奈だってあっという間に殺されちゃう。 だけど! だからって……手加減をして勝つには……瑞奈は少し、強すぎる……」 「そう、ですよね……瑞奈さんは、膨魔の……」 「……今は、なんとか引き延ばしてって頼んでいるけど、あんまり長引いたら……レムは引き金を引くと思う。 あの人はなんだかんだで神様だよ……感情より役目に忠実だから、慈悲には、限りがある」 「その点メリーならまだ、上手くやれるし、神位も飾りみたいなものだから、強さも丁度良いんだけど……連絡、取れないんだ。 多分また、時間も時空も越えた何処かの世界で、仕事してるんだと思う。 メリーだけの仕事を始めちゃうと、コッチから連絡は取れないから……」
「……わかりました。私が行きます」 「エリスが? ……確かに、エリスの法術なら……瑞奈の魔力だって、防げ……ううん、少し足りない……っ」 「ええ、あの子の魔術を防ぎきるには……今の私では、難しいと思います。 ですが、今でも回復法術でしたらそれなりに使いこなせます」 「…………」 「……残酷な事に、なるかもしれません。 ですが、命を失うよりはマシでしょう……。 瑞奈さんの怪我を私が癒し、それを彼女が諦めるまで……繰り返す……」
「……っ、でも、それじゃあ瑞奈が……!」 「心の傷まで、癒すことができません……。 ……そればかりは、彼女が受けるべき……罰と、言わざるを……」 「……それしか……無い、かな……」 「……すみません。私の力不足としか……言えませんね」 「そんなっ! ……死んじゃうよりは、きっとマシ……だよ」 「…………」
「……誰にも、止められないんだね」 BGM 贖罪のエロティカ (c) 柛原ゆい 「っ!?」 「え……っ!?」 水が、集う。 意思の元に上げられた左手に、大気が纏い、水を成す。 「メリ、ル……?」 「……行かないと……瑞奈は、殺されちゃうんだよね」
「……大丈夫」 それは、余りにハッキリと分かる故、誰にも指摘などできやしない。 何も騙せぬ小さなウソ。
「それなら……寝てなんか、いられないよ」
「瑞奈が、どんな覚悟を持っていても、それが、必要な事だとしても……」
「メリルが……絶対、止めてみせる」
メリルはゆっくりとした動作で……蒼を掲げて、立ち上がる。 その顔に、『お姫様』の面影は既に無い。 ――それは、愚か者の物語。 ――それは、紆余曲折の物語。 敗北に惑い、片割れと別れ。 友情に惑い、自分を隠し。 造られし者に、幾度も敗れ。 夢に翻弄され、夢に惑い。 夢の最中に姫と化し。 姫と剣士とを彷徨い、彷徨い。 その果て、故郷で眠りに落ちた後……。
折れた剣を手に、立ち上がる。 ――騎士は、静かに立ち上がる。
![]() 「行こう、ユメル……瑞奈を、止めないと……っ!」
ここからは――1人の騎士の物語。 till the end of time next-Infinity future 『其れは不要な物語』 |